銀盤にて逢いましょう
   
“コーカサス・レースが始まった?”

     *転生ネタには避けられぬ、死にネタが出てきます。
      出来るだけさらっと行きたかったんですが、
      こんな再会果たした二人ですので、
      繊細な方はちょっと泣いちゃうかもです、すいません。


     12



世界ツアー本戦とやらを前にしての合同合宿を北国の某地で敢行中だったが、
ちょっと息抜きにと出た先で 敦や芥川、鏡花が遭遇したあの事態。
いきなり大爆音をまき散らして通り過ぎてったオートバイ乗りたちは、
実は追っ手と追われていた存在という間柄であったらしく。
ここいらでは結構知られている学園の生徒らが
荷物をまとめおいての寄り道中なの見かけた逃げてた側。
持ち物を探られてはせっかく決死の覚悟で掠め取ったブツを取り返されると、
一か八かでそれをぽ〜いッと鞄の山へ向けて放って逃げた。
GPSが付いていて、自分が取っ捕まっても仲間内が突き止めてくれようと、
そういう段取りになっていたし、それに、
敵対関係にある二つの勢力の双方にいい顔をして擦り寄って、
末端の人間がそれぞれへと取引するというよな、
所謂 “二股”状態なのがばれたら困るのは追っ手側なので。
あのカーチェイスの場だけ何とか逃げおおすことへ集中出来ればと
そんな突発的判断で為されたことだったようで。

 『関わってる どのグループも、
  関東、いわんや東京へ進出予定だった組織ですからね。
  早めに叩き潰せるのならそれに越したことはない。』

曾ての内務省異能特務課 参事官補佐さんコト教授眼鏡様がそんな風に言っており。
帳簿にあった怪しい物品の取り引きしかり、
そんな情報のやり取りへ無辜の市民を巻き込んだハイエナみたいな輩たちしかりと、
とってもヤバイ物的証拠を掲げたまんま、
警察庁が対処地域の県警へ警視庁の担当と共に赴き。
反社会組織対応の部署へ情報を授けたそのまま、
新聞沙汰になるほどの大がかりなそれではなかったものの、
先々で面倒な地域の橋頭保になったやもしれぬ勢力へ、
末端のチンピラやチーマーに至るまでの完膚なきまでという徹底ぶりで
一斉摘発に及んだのがやや後日のお話なのだが、それも今は置くとして。



人里離れたという形容詞が相応しかろう郊外の取っ掛かり、
整備中だか工事中だかの幹線道路の、今は無人となっている路上には、
ちょっぴり冬らしい寒さが襲い来ていた師走半ばの寒風が
時折ひゅうんと風鳴りの音立てて、素っ気なく吹き抜けてゆくばかり。
此処までの大騒ぎの締めに当たろう展開の中、
それは冷ややかな無表情で、殺人級の荒業繰り出した敦お嬢様だが、

 このままお淑やかに
 “…怖かった”とか怯えて言い出せば、未知やすえさんの完コピである

……じゃあなくて。
(大阪の吉〇新喜劇でそれは有名な、ヒロイン役のお姉さまのネタのオチです。)
もはや完全に戦意を失った実行犯の安背広二人組を
太宰や芥川、賢治の三人で、手際よくもあっさりと拘束しておれば。
先程の煽りは引っ込めて、安全速度で中也が乗った大型バイクがやって来るのと、
澁澤の洋品店経由なのだろう、谷崎が鏡花と敦を拾って軽四輪で駆け付けたのがほぼ同時。
結構大きなバイクからひょいと降り立つと、怪我はないかと中也がメットを脱ぎつつ声をかけ、
逆方向からやって来た軽もそれはなめらかに停車すると、
乗ってきた敦や鏡花が降り立って来たため、

 「敦、手前なんで」
 「……。」

標的は鏡花だったらしいが、敦だって何かあっては危ない身だ。
スポーツはこなせるようだが、所詮は深窓の令嬢にすぎず、
何より、その身を盾にされて動くものの規模も次元も そこいらの女子高生とは桁が違う。
そのような辺りも日頃から重々言い聞かされていように、
なのに何でまた、匿われもせず こんな格好で関わったんだ?と、
そこはこういうことのけじめへも筋を通す中也がやんわりと叱責しかかったが。
当のお嬢さんはと言えば、
聞こえていないものか、思いつめたような貌で芥川を見やっており。

 「敦くん?」

太宰が静かに声を掛ければ、玻璃玉のような双眸には見る見ると涙の膜が浮き上がる。
痛々しいには違いなかったものの、何をどう感じての反応なのか、
少なくとも叱られての憔悴のせいには見えなくて。

 「敦?」

叱りかけていた中也も声を詰まらせたところ、
思い余ってのことだろう、そのままくるりと皆へ背を向け、
来た方へと踵を返す彼女を、だが、

 「人虎っ。」

芥川が追い掛けたのへ、鏡花や谷崎も続こうとしたのは太宰が制した。

 「ちょっとだけ、二人にしてやって。」

やんわりと目許を細め、淡い微笑を浮かべて見せる彼の
ゆっくりとした静かな声掛けに、
ああと何か思い出したような顔になり、そっと視線を逸らしたのは中也であり。
この顔ぶれの中で、かつてを思い出したのが早かったクチの者には、
あの二人の記憶のうちで 何が起きたのかも何とはなく察せたのだろう。

 どうしてなりふり構わぬという一途さで 誰かを探していた芥川なのか、
 どうして名も知らぬ初見の青年へ、TVで観ただけで逢いたいと思った敦だったのか…。



 「人虎っ。」

洋品店で着替えたのは芥川の方で、敦は結局 元の装いのままであり。
学校指定のそれのような濃紺のAラインのコートに、
裾がちらりと覗くチェックのプリーツスカートといういでたち。
中に着ているのも淡い緋色のモヘアのセーターで、
こんな恰好や色彩には覚えがないはずが、
それでも追った背中の小ささは かつての“彼”のそれとようよう重なると、
気づいたそのまま胸に痛い。

 「…人虎。」

曾ても何度そう呼んだか知れない。
獣扱いの蔑称だと嫌そうに顔をしかめていたものが、
言っても無駄だと諦めたのか、だんだんといちいち反駁しなくなって。
他にも“あつし”はたくさん居よう、人虎は貴様だけだろうがと、
自分でもよくは判らぬ屁理屈を抛れば、
何だそれと呆れられ、でも、らしいななんて笑ってくれた。

 大体、貴様だってお前呼びだろうが。こっちが目上なのに。
 何が目上か、第一それは近くに居るときで、呼びかけるときは芥川と呼んでるぞ。

そんな他愛のないことをやり取り出来るまでにはなっていて、
また喧嘩かい?と呆れられつつ、
でも、太宰さんも中也さんも、時間がない時以外は無理から止めることはなかったような。

 口数が多いなんて意外だった
 前にも言ったが、無口なわけではないさ
 そっか “ぼっち”だっただけか
 何だ? それは

しょむない憎まれ口であれ
顔を合わせりゃ利き合うというそんな呼吸が育まれつつあって。
窮地や危地に片やが巻き込まれれば、息をのんで爆煙やがれきの散じるのを見やったし、
何とか這い出てくれば、馬鹿野郎とか、とろくさい奴めと、やっぱり罵り合ったっけ。

 平和とはほど遠い剣呑なことながら、自分たちにはそれが安寧だとし、
 性懲りのない罵倒も、ああよかったと心のどこかで多きに安堵しつつの吐き出しだった。

 『…………からな。』
 『やつがれ以外へ その命 軽々しく呉れてやるな。』

普通一般の人たちの安堵安寧とは危なっかしさの等級が随分違うけど。
それでもそれが当たり前にずっと続くのだと思っていたのに……

 「…なんでっ。」

高架上の道半ば。立ち止まった敦の髪が横殴りの風にばさばさと掻き乱されている。
冬の空は曇天を思わせる白っぽさだが、
それでも虎の姫の白銀の髪はそこへ溶け込んでしまわぬまま、
こちらへ振り返った少女の無垢な白い頬を叩いては躍っており。

 そう、先に逝ったのは芥川の方だ

それもまた 成長中なればこそか、
時々、朔の頃合いだけ月下獣の異能が弱まる敦だと太宰から聞いており、
無論 本人へも与謝野や太宰から進言されているが、
あの性格だから実際の修羅場では頭から吹っ飛ぶらしく。
粗削りなタフネスを支える“超再生”がやや遅くなるケースもあったため、
周囲はそれぞれなりに案じていた。

 そんな中で共闘作戦へと投じられ、
 山奥の廃坑跡にて結構な死闘が繰り広げられた。

保持している異能力者やレベル的にはさしたる敵ではなかったものの、
事情や背景をようよう知らぬ者まで無尽蔵に抱え込んでいた大所帯、
学生崩れのチーマーやチンピラ、地回りなどなど、
一体 誰への義理で加わっているやらな手合いを山ほど、
ただただ薙ぎ払って突き進むしかなかった総力戦で。
事情が錯綜していて相手陣営が大混乱しており、
とっとと降伏すればいいものを、意味のない消耗戦と化してしまって。
そこを叩けば文句なく関係者全員が結末を知ることとなろうとばかり、
武器庫でもあった廃坑跡、地下要塞へと攻め入った作戦中、

 自分から逃げ場のない最深部へ駆け入るとは、自爆する気か?
 だが放置も出来まい、周辺への被害が甚大すぎる。

そんな無謀な鬼ごっことなった終盤。
十束ひとからげな雑魚は他へ任せ、
最も先んじて敵の首謀者を追っていた敦と芥川という前衛二人。
周囲から飛んでくる銃弾やら、崩れ落ちる岩盤やらから受ける外傷もおびただしく、
ことに…敦の傷の治りの遅さに先に気づき、
いよいよ手間のかかろう幹部格が立ち塞がったのを前に、
自分も体力が尽きかけていた芥川が それでも平静を装って先へと行かせた。

 『説得は貴様の取り柄だろうが。
  どうしても無理なら自爆に付き合ってやればよい。』
 『言ったな。』

どうせこやつは時間稼ぎという輩、
大した異能は持っておるまいよと、自信満々に宙空に身を躍らせた彼に先手を取られ、
敦は最奥の大型電算機の前へ辿り着いていた頭目と相対した。
半分持論に陶酔したまま狂いかかっていた相手が、制止も聞かずに凶悪な装置を起動しかかったので、
俊敏な働きで、それでもすんでのところだったが起爆装置をざくりと両断。
爆薬の量よりも、あちこちの機関のネットワークへ異能でつながっていたがための脅威だったので、
白虎の爪にてその接続が切断できたのは思ってもみなかった大団円だったという顛末だったが、
どうだ、ちゃんとやりおおせたぞと、進撃してきた道を戻った敦が見たものは………


  先日の夢に出て来た 真っ赤な構図
  身にまとう黒衣をてらてらと濡らして余り
  その痩躯の輪郭以上にあふれ出ていた鮮血に囲まれて
  とうに息絶えていた漆黒の相棒


「…何で、庇ったの。」
「……。」

「どんなに呼んでも返事してくれなくて。」
「……。」

「何も言い返してくれなくなってて。」
「……。」

「あれからずっと一人だった。
 ずっとずっと隣には誰もいなくて、背中も寒くて。
 どんな声だったかも忘れてしまって、それが悲しくて寂しくて。」

泣きたくはないがそれでも込み上げるものに声が震える。
怒っているのだ、哀しいんじゃなくて許せないのだと言いたいか、
金切り声になりかかるのを必死で抑え込もうとしつつ語る彼女なのが痛々しい。
掛ける言葉が見つからず、

「…人虎。」

ついのこと、名を呼べば、もういいと制されたように思ったか、
曾てに比すれば随分と小さくなった手をぎゅうと握り込み、
腹の底から、胸の奥底から絞り出すように叫ぶ敦で。

「もう独りにしないでよっ。
 やっと…やっと独りじゃないんだって思えるようになりかけてたのにぃ。」

恐らくはあの時に言いたかったのだろう、そんな文言が容赦なく響き渡る。
抑えが利かぬか、叫ぶように言い放った声が、
風にも撒かれず胸へと届き。
泣くものか涙なんて零すものかと大きな双眸を見開く強情さと、
だというに、今にも決壊しそうな潤みが揺れたのが、これ以上はなく切なくて。

 「……済まぬ。」

短く言えば、愛らしいお顔をくしゃくしゃにして
白くて可憐な風貌になった、それでもあの相棒と同じ魂もつ君が、
両腕開いて駆け寄って来て、ぎゅうとしゃにむにこちらの胸へと縋る。
小さくなった、けれど同じ温もりが愛おしくてならぬ。
ああそうさ、

 “自分も同じだった。”

ヘタレなところや考えの甘いところなぞ、腹が立つことも多かったが、
それ以上に、気になってしようのない存在で。
庇いきれなんだら自分の落度になるから…と思い込んでいたがそうじゃあない。
笑ってくれると胸の底がそわそわしたし、
口惜しそうな顔で睨まれると、少しは落ち込みつつもこちらを向いている分には高揚した。
挟撃を目的にした作戦などで一旦離れ、のちに無事合流できた折は、
怪我をされれば腹が立ったし、無事と判ればそれは安堵したものだった。

 かつての記憶が少しずつ鮮明になって。
 そんな中、一番に思ったのは、かつての相棒をきっと探し出すということで。
 勘違いをしてはいないか、自分のせいでと思ってはいないか、
 それがどうにも気がかりで。

 人が傷つくのが嫌いで、腰抜けのくせに いつだって何だって背負いたがって。
 自己評価が低い奴で、自分には誰も期待していないと勝手に思い込む失敬な奴で。
 
 だから、言ってやらねばならぬと思った。
 共に逝ってやれなんだことを謝りたかった。
 いつも楯になろうとする貴様が歯がゆかった。
 自分もまた、貴様を守りたいのだと………

 「死んでしまっては言い訳が出来ぬこと、うっかり忘れていたのだ。」
 「……ばか。」

もうもうもうと、駄々をこねるよに重ねて非難の声を上げつつも、
しっかともぐり込んだ懐から離れるつもりはないらしく。
頬を伏せている胸元のそれなりの頼もしさ、不器用そうに髪を撫でてくれる手の感触へ、
甘い吐息をつくばかり…。




遅ればせながらというか、これもまた手筈があっての駆け付けた警官らへ、
共に此処までを運んだらしい敦陣営の総務担当の国木田が
拉致誘拐を企んだ凶悪犯らを引き渡しており。
谷崎から実情を訊いているのを背後に聞きつつ、
お互いに普段とかけ離れたいでたちなの ちらと眺め合う太宰と中也で。
時折吹きつける北風に、双方とも やや伸ばし気味の髪を遊ばれながら、
見やっているのは かつての後進にして今は可愛くってしょうがない後輩の二人。
自分は芥川と出会ってから記憶が紐解かれたという順番だったし、
他の面々にしてもそうやって影響が及んで思い出してた筈だのにね。
あの二人はそうじゃあなく、
会う前から、居ると知る前から、互いが気になる存在だったよで。
それほどまでに、かつての絆がそれは強かったということか…とおもっていたが。
さにあらん、納得のいかない死に方をしたのへ物申したかったから、
片やは弁明したかったからというのだから恐れ入る。

 「知ってたのか?」
 「中也こそ知ってたの?」

喧嘩ばかりしつつもそれは堅い信頼をはぐくんでいたこと、
だのに、それが仇になったか、芥川が敦を庇うように逝ったこと。
今の今、二人が交わし合った言いようで
ああそうだったなぁと思い出したという順番なのは、どうやら同じだったらしく。

「誰がどう逝ったかなんてのは思い出そうとも思わなんだからな。」
「ふ〜ん?」

情に厚い中也にしてはと、意表を突かれたよな感慨ででもあったのか、
ちょっぴり意外だというよな声になった太宰なのへ、

「……手前がそういう声出すのは間違ってる。」
「うん。」

後輩たちの情熱あふれる告白が弾みになったか、思い出せたのは、

「どうやら自殺の成功というよりも自殺的行為ってので死んだらしいからね。」

鮮明に覚えているわけじゃあないが、
それはくやしそうな貌でこっちを覗き込む誰かさんの顔が最期の記憶らしかったから。
そうかどうやら君より先に逝ったらしいねと、
しょっぱそうに苦笑をし、

「今の今、思い出したんだけどもね。」
「…アタシは もちょっと前だよ。」

何が腹立たしかったものか、プイっとそっぽを向く中也で。
そうかそれでいやに噛みついて来てたんだねぇと、
こちらも風に遊ばれている茜色の髪、飽かず眺めやる太宰だった。




      to be continued.(18.12.14.〜)


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 *(ちょっとネタバレあり。)
  安吾さんの“堕落論”の内容が明らかになったそうですね。
  モノに残った記憶を読み取る記憶抽出能力だそうで、
  でも、それって公的な証拠には使えないのでしょうね。
  あくまでも対処向けというか、異能は全部そういう扱いなんだろな。
  公判で 何でそうなると判ったのですか、何か書面でもありましたか?と問い詰められて
  異能で…とは返せないというか。